2019年5月27日にAMDから第3世代Ryzen 9 3900Xが発表されました。
海外メディアAdoredTVが発端となったリーク情報を拠り所として3800Xで16コアを期待していたAMDユーザーが多かったようですが、期待は裏切られ3900Xでも12コア止まりとなりました。
その要因はTSMC7nmプロセスの製造コストの高さです。16コアを実現するとなると800ドル近い売価になってしまうため、500ドル程度に収めるため12コアとしたようです。
Ryzen 9 3900Xの詳細スペックと特徴
型番 | Ryzen 9 3900X (Zen2 第3世代AMD) |
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コア数 | 12コア24スレッド |
基本動作周波数 | 3.8GHz |
最大動作周波数 | 4.6GHz |
全コア同時最大周波数 | 4.1GHz |
発売日 | 2019年7月 |
セキュアブート | 非対応 |
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AMD Pro(AMD版vPro) | 非対応 |
同時マルチスレッディング | 有効 |
定格外オーバークロック | 対応 |
TDP(≒消費電力) | 105W |
L1キャッシュ | 768KB |
L2キャッシュ | 6MB |
L3キャッシュ | 64MB |
最大メモリサイズ | 128GB |
メモリタイプ | DDR4-3200 |
メモリチャネル | 2 |
メモリ帯域幅 | 47.68GB毎秒 |
コードネーム | Matisse |
コンピュータの形態 | デスクトップ |
グラフィクス(iGPU) | 非搭載 |
iGPU最大画面数 | 0 |
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iGPU最大ビデオメモリ | 0GB |
iGPU基本周波数 | 0Hz |
iGPU最大周波数 | 0Hz |
iGPU CU数 | 0基 |
iGPU単精度コア数 | 0個 |
iGPU単精度性能 | 0 FLOPS |
ソケット | Socket AM4 |
アーキテクチャ | Zen 2 |
プロセスルール | TSMC7nm |
SIMD拡張命令 | Intel AVX2, SSE |
SIMD演算器 | 256bit FMA×2 |
SIMD倍精度演算性能 | 16 FLOPs/cycle |
AI(深層学習)拡張命令 | 非搭載 |
Ryzen 9 3900Xのカタログスペックは上記の通りです。この中に「Ryzen 9 3950XがRyzen 9 3900Xよりも低性能になる理由」が含まれているのでその点についても詳述していきます。
Ryzen 9 3900Xの最大クロックは4.6GHzでRyzen 9 3950Xの最大クロック4.7GHzより低い
しかし、Ryzen 9 3900Xの全コア同時最大クロックはRyzen 9 3950Xの4.0GHzよりも高い4.2GHz
Ryzen 9 3950XとRyzen 9 3900Xの優劣を比較する上で非常に重要な違いがあるので詳しく記載しておきます。
まずCPUというのは上位モデルほど価格を高く設定します。AMDユーザからすると「一番高いフラッグシップモデルを買ったんだから一番高性能でないと許せない」という考えを持っているからです。
そこで、AMD Ryzenでは故意にあえて下位モデルの性能を低くする傾向があります。実はRyzen 9 3900Xの最大クロックは4.7GHzを定格で実現できる十分な余裕がありますが、あえて最大クロックを4.6GHzに引き下げて売り物にしています。そうしないと「なぜフラッグシップモデルで一番高価なRyzen 9 3950Xの最大クロックとRyzen 9 3900Xの最大クロックが同じなのか」とAMDユーザが煩いからです。
しかし、このような小細工も「全コア同時稼働時」には化けの皮が剥がれます。
全コア同時最大クロックをみると、Ryzen 9 3900Xでは4.2GHzあるにも関わらず、Ryzen 9 3950Xでは4.0GHzしかありません。実は3950X,3900X,3800X,3700X,3600Xの中で全コア同時最大クロックが4.0GHzなのは3950Xと3700Xだけであり、他の3900X,3800X,3600Xは4.2GHzまで全コア同時にクロックが上がります。
Ryzen 7 3700Xの全コアが4.0GHzまで上がらないのは、「クロックが上がらない欠陥チップは3800Xとしては売り物にできないがクロックを落とせば正常動作するのでチップを捨てず3700Xとして売り物にしコストを削減する」理由があるからです。つまりRyzen 7 3800Xの劣化版としてRyzen 7 3700Xが存在してるので、Ryzen 7 3700Xの全コア同時クロックが4.0GHzまでしか上昇しないのは妥当です。
しかし、Ryzen 9 3950Xは妥協が許されないフラッグシップモデルです。にもかかわらずRyzen 9 3950Xが全コア同時に4.0GHzまでしかクロックが上がらないのは、消費電力(単位時間あたりの発熱量)に限界があり、全コア同時4.2GHzを定格動作(メーカー保証の範囲内)として売り物にできなかったためです。
このRyzen 9 3950Xの技術的限界により、Ryzen 9 3900Xのベンチマーク性能がRyzen 9 3950Xより上になるという逆転現象が起こります。場合によってはRyzen 5 3600X(全コア同時最大4.2GHz)がRyzen 9 3950X(全コア同時最大4.0GHz)を上回るアプリケーション・ソフトウェアもあるくらいです。
なぜRyzen 9 3950Xの全コア同時クロックが4.0GHz止まりで、Ryzen 9 3900Xでは4.2GHzまで増やせるかというと、第3世代Ryzenで16コアは身の丈以上に無理をしているため4.2GHzを実現できなかったためです。もしTSMC7nmプロセスルールで製造した半導体の消費電力(単位時間あたりの発熱量)が低ければ16コアを実現できたでしょうが、AMDのZen2マイクロアーキテクチャの技術力とTSMCの半導体製造プロセスではそれは無理だったということです。
CPUの最大クロックを決定するのは発熱要因であり、発熱量が多いと動作クロックをそれより上げて「メーカー保証の範囲内(定格内)」として売ることができません。
本来上位モデルであるはずのRyzen 9 3950Xが、今回のRyzen 9 3900Xに負けてしまっていること自体が、「第3世代RyzenのZen2マイクロアーキテクチャとTSMC7nmプロセスでは高々12コアが限界であり16コアにするとむしろ性能が下がる」ことを自ら証明してしまっています。
Ryzen 9 3900Xと第9世代Intel Core(2018年度発売)プロセッサを比較
Ryzen 9 3900Xは2019年7月に発売されたため、2018年から2019年にかけて発売された第9世代Intel Coreと、2020年に発売された第10世代Intel Coreの間に出てきたプロセッサです。Ryzen愛好家は発売日が早い第9世代Intel Core相手のほうが第10世代Intel Core相手よりも勝機があるとみて第9世代Intel Coreと比較したがる傾向があるので、まずは第9世代Intel Coreシリーズと比較してみます。
Ryzen 9 3900X vs. Core i9 9900K
第3世代Ryzen 9 3900Xは2019年7月に発売されたので、2018年11月に発売された第9世代Intel Core i9 9900Kと比較してみます。
プロセッサは後に発売された製品のほうが有利なので、8ヶ月も前に発売されたIntel Coreのほうが一見不利になり、Ryzen 9 3900Xが勝つかのような前提条件です。
しかし結果は真逆です。以上のような発売時期の差の下駄履かせをRyzen 9 3900XにしたとしてもCore i9 9900Kが+10%も高性能で、Ryzen 9 3900Xに勝ってしまいます。12コアのRyzen 9 3900Xよりも、8コアのCore i9 9900Kの性能のほうが+10%も上です。
これは単純に、1コアあたりの性能がRyzen 9 3900Xが劣っていることが要因です。世の中の実際のソフトウェアでは12コアを使い切れるものが殆ど存在しないので、1コアあたりの性能が高いCore i9 9900Kが勝ってしまいます。なぜIntel Coreのほうが1コアあたりの性能が高いかと言うと、Intel Coreは以前からマイクロアーキテクチャが優秀であり、特にキャッシュレイテンシが極めて低いからです。
Ryzen 9 3900X vs. Core i3 9350KF
次はもう少し新しいIntel Coreと比較してみます。
先程のCore i9 9900Kは2018年発売でしたが、2019年4月に発売されたCore i3 9350KFと比較してみます。
発売日の差が3ヶ月に縮まったので先程の8ヶ月差よりも差が小さく、より公平にIntel CoreとAMD Ryzenを比較できます。
しかもCore i3 9350KFでは内蔵グラフィックスが無効化されているので、内蔵グラフィックス非搭載であるRyzen 9 3900Xと条件が並ぶためその点でも公平です。
結果はこのように、16コアのRyzen 9 3900Xが4コアのCore i3 9350KFと全く互角の性能です。たった4コアしかないCore i3 9350KFと、12コアもあるRyzen 9 3900Xの性能が互角になってしまう理由、それはCore i3 9350KFのベースクロックが4.0GHzと高く、マイクロアーキテクチャ面でも1コアあたりの性能がCore i3のほうが上だからです。
たとえコア数が3倍もあっても性能が3倍になるわけではありません。これはソフトウェア内部にスレッドレベル並列性がほとんど存在しないほど顕著になります。実際、世の中のソフトウェアにはほとんどスレッドレベル並列性が存在しません。12コアも使い切れるのはCinebenchみたいに、現実の用途とはかけ離れており役に立つ場面の殆ど無い机上の空論のベンチマークだけです。
12コアのRyzen 9 3900Xは6コアのRyzen 5 3600Xのチップ×2で実現されている
Ryzen 9 3900Xは12コア24スレッドであり、動作クロックは3.8GHz~4.6GHzです。重要なことは、最大動作クロックの4.6GHzというのは全コア同時ではなく一部のコアのみが4.6GHzを達成することになります。
TDPは105Wで全キャッシュの合計が70MBです。キャッシュサイズはL1命令キャッシュは前世代と比較し半減されておりL2キャッシュは従来の512KBを維持していてL1,L2の合計をみると減少しているのですが、4コアごとに存在するL3共有キャッシュが8MBから16MBに倍増されており全体として合計キャッシュサイズが増加しています。L3キャッシュサイズを倍増させたことによってL3キャッシュ・レイテンシは前世代の35サイクルから第3世代では40サイクルに悪化しました。
12コアのRyzen 9 3900Xは1チップ構成ではなく、IOチップ×1と6コアが載ったメインチップ×2の構成です。
そしてその6コアのチップはRyzen 5 3600Xで使われているものと同じです。
Ryzen 5 3600Xは6コア12スレッドであり、動作クロックは3.8GHz~4.4GHzでありTDPは95W。この6コアチップを単純に2つ接続して12コアを実現しています。
価格をみてもその傍証となっています。Ryzen 5 3600Xは249ドル。Ryzen 9 3900Xは499ドルで約2倍になっています。IOチップは7nmプロセスで製造されておらず十分に減価償却の済んだ半導体設備で製造されているため安いです。パッケージングのコストも無視できるほど小さいです。支配的なコスト要因は汎用コアが搭載されている6コアのチップです。つまりRyzen 9 3900Xの価格を決定するのはRyzen 5 3600Xで採用されているチップの価格です。