Ryzenのコンセプトは、1コアあたりの性能ではIntelに勝てないためオンボードグラフィックス(iGPU)を削り、その部分に汎用コアを割り当ててコア数を増やして「並列性の高いアプリケーションに特化する」というものです。これは2017年の第1世代Ryzenもそうでしたし、2018年発売の第2世代Ryzen(Pinnacle Ridge)にも引き継がれています。しかし世の中のアプリケーションには並列性が無いものが多く、コア数を増やしただけでは宝の持ち腐れになり性能が伸びないことは第1世代Ryzenにおいても指摘した通りです。
Ryzen 7 2700X
8コア16スレッドのRyzen 7 2700X(2018年4月発売)と、6コア6スレッドのCore i5 9600K(2018年10月発売)を比較してみます。
Core i5は当然ながらCore i7より低性能なので、Ryzen 7 2700Xのほうが有利です。しかもCore i5はグラフィック機能まで搭載しているので、グラフィック機能がないRyzen 7 2700XのほうがCPU性能に特化できるためRyzen 7 2700Xがどう見ても勝てるように「カタログスペック上」は思えます。しかし結果は真逆になります。
このように+5%、Core i5 9600KがRyzen 7 2700Xに勝利しています。6コアのCore i5が上回った理由は、Intel Coreのほうが演算回路の設計が優秀で1コアあたりの性能が高いからです。性能の高さは動作周波数やコア数では変わらず、命令レベル並列処理を高く抽出するリザベーションステーションの並列性抽出の深さ等のマイクロアーキテクチャが優秀で、さらにSIMD演算命令の1サイクルあたりFLOPS数がRyzenの2倍あるためです。
2018年10月に発売されたCore i5 9600KはRyzen 7 2700Xを性能でも価格の安さでも超えています。第2世代Ryzenより後に発売されたのでCore i5 9600Kの性能が上回るのも納得がいきますが、Core i5 9600Kは6コア6スレッドにもかかわらず、8コア16スレッドのRyzen 7 2700Xに勝っていることは特筆すべき点です。
さらにCore i5 9600Kは内蔵グラフィクス(iGPU)を搭載しており、Ryzen 7 2700Xは搭載していません。内蔵グラフィクスを搭載している分だけ汎用コアの数は少なくなって6コアどまりですが、それでもCore i5 9600Kが性能で勝利しているのでCore i5の内蔵グラフィクスを削って汎用コアに割り当てた場合、Core i5はさらに大きくRyzen 7 2700Xより性能を伸ばすでしょう。
Ryzen 7 2700
2018年度発売の第2世代Ryzenプロセッサです。2700Xと動作周波数以外のスペックは同じであり、8コア16スレッドでありキャッシュ16MBです。基本動作周波数を3.2GHzまで下げて、最大動作周波数を4.1GHzまで下げたことによりTDPは65Wまで下がっており、2700Xよりも大幅に低発熱(低消費電力)になっています。
なぜ動作周波数を下げたものをラインナップするかというと、TDPを下げて低発熱にすることで静音PCや無音ファンレスPCを作るという需要があることもありますが、最も重要なのは動作周波数を下げることで歩留まりを改善し安くプロセッサを販売できるからです。動作周波数を高くすると電圧を高くしなければならず、高周波回路ゆえに正常に作動しない回路がどうしても出てきます。たとえ2700Xの3.7~4.3GHzの動作周波数で合格しなくても、2700の3.2~4.1GHzの動作周波数なら合格するチップが出てくるので、そういったものをRyzen 7 2700として売れば1製品あたりの製造原価を低く抑えることができるため安く供給できるわけです。
この2018年度発売のRyzen 7 2700と比較すべきカウンターパートのIntelプロセッサはCore i7 9700です。しかしCore i7 9700を持ち出すまでもなくそれより3グレード下で2018年度発売のCore i5 9400Fでも十分です。
このようにRyzen 7 2700相手でもCore i5 9400が+1%勝利しています。Core i5 9400Fのベースクロック周波数は2.9GHzでありRyzen 7 2700の3.2GHzベースクロック周波数よりも低いです。しかもTDPは65Wで同じです。さらにコア数はRyzen 7 2700が8コア16スレッドに対して、Core i5 9400Fは6コア6スレッドであり同時マルチスレッディング(ハイパースレッディング)が無効化されています。カタログスペックだけ見ればCore i5 9400Fが完敗しそうですが、それでもCore i5 9400FがRyzen 7 2700に勝利したのはアウトオブオーダー実行による命令レベル並列性抽出の技術、パイプラインをスムーズに流すための技術、データレベル並列処理を高速化するSSE4.1,SSE4.2,AVX2命令などのSIMD拡張命令がCore i5 9400Fのほうが優秀だからです。
コア数が多いCPUは多くのプロセスを同時に動作させるか、1つのプロセス内で明示的にスレッドを複数生成しない限りスレッドレベル並列性が生まれないため、Ryzen 7 2700のようなコア数を使いこなせません。一方で命令レベル並列性やデータレベル並列性は1スレッドのみのアプリケーションにも存在するため、その部分を高速化するのに長けているIntel Coreが勝利したという格好です。
Ryzen 5 2600X
2018年4月19日発売の第2世代(Pinnacle Ridge)Ryzenプロセッサです。6コア12スレッドで、動作周波数は3.6GHz~4.2GHz。TDP95Wの範囲内で、一部のコアの動作周波数を最大で4.2GHzまで上昇させることができます。このプロセッサはRyzen 7 2700(8コア16スレッド、3.2GHz~4.1GHz)よりも、多くの用途において高性能になります。コア数はRyzen 5 2600Xのほうが少ないものの動作周波数はRyzen 5 2600Xのほうが高いので、スレッドレベルの並列化をしていないシングルスレッドのアプリケーションにおいてはRyzen 7 2700よりもRyzen 5 2600Xのほうが高速です。
TDPで比較してみてもRyzen 7 2700は65Wしかない一方で、Ryzen 5 2600Xは95Wもあります。そういった意味ではこのRyzen 5 2600Xは同じ2018年発売のCore i5 9600Kと第一義的には比較することになります。
このように+12%もCore i5 9600KがRyzen 5 2600Xに圧勝してしまいます。
さらに言えばCore i3 8350KにもCore i5 9600KはiGPU(オンボードグラフィックス)搭載なのでグラボを購入しなくてもトリプルディスプレイにできます。Ryzen 5 2600Xは内蔵グラフィクスを搭載していないのでグラボ購入が必須です。
カタログスペックを見るとCore i5 9600Kはハイパースレッディング非搭載ですから、同時マルチスレッディングを搭載しているRyzen 5 2600Xのほうが一見有利です。しかしそれでもCore i5 9600Kが性能で上回ってしまったのは、アウトオブオーダー実行による命令レベル並列処理・SIMD演算拡張命令(SSE4.1,4.2,AVX2)によるデータレベル並列処理においてIntel CoreがRyzenより上だからです。
Core i5 9600KもRyzen 5 2600Xもコア数が同じであるため、これは単純に1コアあたりの性能がどちらのほうが優秀なのかという問題に行き着きます。同じコア数で同じ2018年発売という条件で、Intel CoreがRyzenに勝利したのはひとえに演算回路がIntelのほうが優秀だからということです。
さらに言えばCore i5 9600KはiGPU(内蔵グラフィクス)のためのチップ面積を割り当てる必要があり、汎用コア(6コア)に使えるチップ面積が限られています。一方でRyzen 5 2600Xはオンボードグラフィックス非搭載なので汎用コア用に全チップ面積を割り当てることができます。そのような状況下でも、Core i5 9600KにRyzen 5 2600Xが負けてしまったのは単純に技術力でIntelに追いついていないということです。
Ryzen 5 2600
2018年度発売の6コア12スレッドのプロセッサです。2018年度に発売された個人向け第2世代Ryzen Zen+アーキテクチャ採用プロセッサの中では最も低スペックであり最も廉価なものになります。PCメーカーに納入されているプロセッサだとこれより下位にRyzen 5 2500Xというものが存在します。
このプロセッサは純粋にRyzen 5 2600Xよりクロック周波数が低い版で3.4GHzのベースクロック周波数を持ちます。正確に言えばRyzen 5 2600の設計が最初にあり、その2600をベースにクロック周波数を上げたものがRyzen 5 2600Xです。
クロック周波数を上げること自体は設定で簡単にできてしまうのですが、クロック周波数を上げるとなると電圧も上げなくてはならなくなり、ウェーハから切り取った大量のチップのうち回路が正常に動作するチップと正常に動作しないチップがでてきます。高いクロック周波数では正常に動作しないチップであっても、クロック周波数を下げれば正常に動作するチップが存在するので、そのようなチップはクロック周波数が低い版として売ることによって製造原価を引き下げることができ価格を安くできます。そのようにクロック周波数を低く抑えたものがRyzen 5 2600であり2600Xより安くなっているわけです。プロセッサの中身自体は一緒ですがクロック周波数が異なり発熱量(消費電力量)も異なります。
このプロセッサのTDPは65Wですが、同じTDP65WのIntel Coreプロセッサに比べるとどうしても性能が低くなってしまいます。消費電力あたりの性能を高めることに関してはIntelに一日の長があるためです。
本来、このRyzen 5 2600はIntelのCore i5 9600と比較するべきものです。ともにTDPは65Wでありグレードは6です。しかし当然ですが、Intel CoreよりもAMD Ryzenは性能が低くなりがちなので、同じグレードのプロセッサで比較するとIntel Coreが圧倒的に勝ってしまいます。そこでグレードを2つ下げた上で同じ2018年度発売のCore i5 9400Fと比較します。
同じ6コアプロセッサで、Core i5 9400Fはハイパースレッディング(同時マルチスレッディング)に対応していない上に2.9GHzしかベースクロック周波数がありませんが+5%だけCore i5 9400Fが勝利しています。両方ともコア数が一緒なのでこれは単純に1コアあたりの性能の違いです。クロック周波数が高いほど1コアあたりの性能は高くなりますが、Intel Coreはアウトオブオーダー実行とスーパースカラの組合せによる命令レベル並列処理や、SSE・AVX2拡張命令(SIMD演算命令)で256bit幅SIMD演算器(FMA)×2を使うデータレベル並列処理が優秀なのでクロック周波数が低くても、1クロック(サイクル)あたりの演算回数が多いためIntel Core i5 9400Fのほうが上になります。
しかもIntel CoreプロセッサはiGPU(内蔵グラフィクス)を搭載しているためグラボ無しでも4K 60fpsのトリプルディスプレイにできます。しかしRyzen 5 2600はオンボードグラフィックスを搭載していないため別途グラボを用意しなければなりません。RyzenはiGPUを削減することにより汎用コアのチップ面積を増やしIntelになんとか太刀打ちしようとしているのがRyzenのコンセプトなので、内蔵グラフィクスが付属しているIntel Coreのほうが優秀です。
Ryzen 5 3400G
2019年7月発売。Ryzen 5 3400Gは第3世代Ryzenシリーズながら、採用マイクロアーキテクチャは古い第2世代Zen+マイクロアーキテクチャです。動作クロックは3.7GHz~4.2GHz。
このRyzen 5 3400Gは無駄にコア数を増やすRyzenシリーズらしくなく、たった4コア8スレッドしかありません。なぜならこのRyzen 5 3400Gは内蔵グラフィックスを搭載しており、内蔵グラフィックスを搭載するスペースを確保するために汎用コアを半分に削る必要があったからです。他のRyzenシリーズの8コア16スレッドの4コア部分を削って、空いたスペースを内蔵グラフィックス用回路に割り当てています。そのため、コア数の多さが本分であるはずのRyzenプロセッサにもかかわらずたった4コアしかないのです。
Ryzen 3 3200G
2019年7月発売。第3世代Ryzenシリーズに属しますが、採用しているマイクロアーキテクチャは1世代古いZen+です。動作クロックは3.6GHz~4.0GHz。そしてRyzenプロセッサにしては珍しく同時マルチスレッディングが無効化されており4コア4スレッドです。
Ryzenプロセッサはコア数の多さを売りにしているCPUですが、このRyzen 3 3200GはRyzen 5 3400Gと同じくたった4コアしかありません。内蔵グラフィックスを削れば8コア搭載できるチップ上の4コア部分を内蔵グラフィックスに割り当てているためです。しかも、歩留まりを良くするためにGPU用の演算コアをRyzen 5 3400Gよりさらに削り、汎用コアにおいては同時マルチスレッディングも無効化しています。
コア数を増やすと共に下位グレードのCPUでも同時マルチスレッディングを有効化してきたコンセプトのRyzenプロセッサらしくないCPUです。
第9世代Intel Coreに対しRyzen 7 2700Xは圧倒的劣勢でCore i5にも勝てず
以上、第2世代Ryzen 7 2700Xは2018年発売なので、2018年発売の第9世代Intel Coreと比較してきましたが、圧倒的大差で第2世代Ryzenが敗北する結果となりました。
Ryzen 7はCore i7をカウンターパートとして意識されて発売されたものなので、Ryzen 7 2700Xと比較するならCore i7 9700Kと比較するべきですが、ここではCore i5とも比較してみました。
またIntel Coreシリーズはグラボを別途用意しなくても4K@60fpsでトリプルディスプレイ(3画面表示)ができる内蔵グラフィクス(iGPU)をCPU内部に標準搭載していますが、Ryzenシリーズは内蔵グラフィクスを搭載していません。
内蔵グラフィクス機能をCPUチップ上に搭載しているIntel Coreはそのぶんだけ汎用コアに割り当てられるチップ面積が減少するため、内蔵グラフィクスを搭載せずチップの全面積を汎用コアに割り当てているRyzenは下駄を履かせをしてもらっている(Intelにハンデがある)わけですが、それでもIntel Coreの性能のほうが上回ってしまっている点が非常に重要です。
第1世代Ryzenの8コアからコア数が増えなかった第2世代Ryzen
当サイトでも「Ryzenは1コアあたりの性能が低い」「多いコアを活用するためにはアプリケーションにスレッドレベルの並列性がなければならない」「しかし並列性が高いアプリケーションは少数派」ということを指摘してきましたが、こういった点は海外のレビューでも指摘されており、Ryzenの弱点は「1コアあたりの性能が低いこと」に集約されていました。
そのためZen+アーキテクチャを採用した2018年発売の第2世代Ryzenはコア数の増加よりも動作周波数の増加を優先した格好です。デスクトップ向け第2世代RyzenのフラッグシップモデルであるRyzen 7 2700Xでさえコア数は8コアであり、第1世代RyzenのフラッグシップモデルであるRyzen 7 1800Xの8コアとコア数が同じです。Ryzen 7 1700Xも8コアだったのでやはりコア数は増えていません。
集積度を向上させると動作クロック周波数を維持したままで低消費電力化が可能になります。第1世代Ryzenでは14nmプロセスでしたが、第2世代Ryzenでは12nmプロセスでの製造になったため、この集積度の向上だけでも低消費電力化が可能となりました。そうなると第1世代Ryzenと同じ消費電力を維持したまま第2世代Ryzenでは「1.コア数を少し増やす」か「2.動作周波数を少し増やす」ことができることになります。
第2世代Ryzenでは動作周波数の上昇を優先
結果として第2世代Ryzenでは「2.動作周波数を少し増やす」ことを選びました。第1世代Ryzenで指摘されていた「1コアあたりの性能が低い」という弱点を補うことを優先したことになります。14nmプロセスを12nmプロセスにしたことで集積度の向上により10コア程度なら達成できるところですが、そうしてしまうと1コアあたりの性能が低いままになってしまうのでコア数を増やすことよりも動作周波数の上昇を選んだわけです。
ゲーム用途は一般論としてコア数が多いほうが有利なのですが、2017年から大流行したPUBGとその派生系ゲームでは1コアに大きな負担がかかるためIntel Coreのように1コアあたりの性能が高いプロセッサのほうが有利であり、Ryzenの1コアあたりの性能の低さはゲーミングPC向けとしても大きな弱点となっていました。RyzenのようにiGPU(オンボードグラフィックス)を搭載しておらず、別途グラボを必要とするゲーミングPC用途を想定しているRyzenだからこそ「1コアあたりの性能が低い」という弱点は無視できなかったことになります。
そして重要なことは、結局Ryzen 7 2800Xが発売されなかったということです。2017年はRyzen 7 1800Xも同時発売されていたので異例です。これは2018年下期に発売されたCore i7 9700K,Core i5 9600Kが8コアになると従前から予想されていたため、この第9世代Intel Coreプロセッサに対抗するためにAMDはRyzen 7 2800Xの発売を先延ばしして”温存”しているという情報が拡散されていました。プロセッサは後に発売したほうが技術的に優位だからです。しかしRyzen 7 2800Xは実際にリリースされませんでした。
第2世代Ryzenで採用されたZen+アーキテクチャの敗因:
SIMD演算器(FMA)が第1世代と同じで進歩なし
コア数もキャッシュ構成も変わっておらず単にクロック周波数微増のみ
このようにZen+アーキテクチャを採用した第2世代Ryzenが、第1世代Ryzenと同じくIntel Coreに大敗してしまった要因は簡単です。第1世代Ryzenで採用されたZenアーキテクチャからほとんど何も変わっていないからです。
変わったのは製造プロセスが14nmから12nmに微細化されたことで余裕のできた消費電力量(単位時間あたりの発熱量)をクロックの上昇にまわしたことです。
つまりコア数やキャッシュ構成は何も変わっていません。プロセスの微細化でクロックを向上させたことにより第1世代Ryzenの「1コアあたりの性能が低い」を少しだけ改善しただけに終わりました。
これは狭い意味でのマイクロアーキテクチャはZen+でもZenでも変わっていないことを意味します。例えばIntel Coreの場合、Skylake,Kaby Lake,Coffee Lakeとコードネーム(広い意味でのマイクロアーキテクチャ)が存在しますが、これらは全て狭い意味でのマイクロアーキテクチャでは等しく「Skylake」のままです。今回の第2世代Ryzenも同じで、広い意味でのマイクロアーキテクチャはZenかZen+で進歩しましたが、狭い意味でのマイクロアーキテクチャは全く変更無しでした。
AMDからしても第2世代Ryzenは負けることが確定していてそれが事前にわかっていた「負け前提の投入」でした。