おすすめRyzen 9 3950Xのベンチマーク性能比較レビュー Intel Core i9 9900Kより10%以上の差で負ける性能 Core i3 9350KFにすら敗北

2019年12月にようやく発売されたRyzen 9 3950Xは非常に示唆に富んでいるプロセッサです。

マルチコアプロセッシングが登場する以前から、マルチプロセッサを活用する方法は学術分野でも大きなテーマでした。コア数が大幅に増えてもそれを使い切れるだけの並列性がアプリケーション内部に存在しなければ性能向上がスケールしないためです。

「性能向上がスケールしない」というのは、コア数が2倍3倍となっても性能が2倍3倍にならないことを意味します。

このように「プロセッサ数、コア数がいくら増えても十分なスレッドレベル並列性がないと増えすぎたコアを使い切れない」「現実に存在する実際的な用途ではスレッドレベル並列性はほとんど存在しない」という事実はアカデミック分野では常識でした。

それがそのまま綺麗に当てはまったのがこのRyzen 9 3950Xです。

世の中のソフトウェアには並列性がほとんどないので、「現実からかけ離れたベンチマークではコア数が2倍になれば性能も2倍になる」「しかし実際のソフトウェアではコア数が増えても性能が向上しない」を示す教材としても最適です。

今回は世の中で広く使われる実際のソフトウェア(ゲーム含む)の性質を反映した実際的なベンチマークを使って性能を比較していきます。

インデックス:

Ryzen 9 3950Xの詳細スペックと特徴

型番Ryzen 9 3950X (Zen2 第3世代AMD)
コア数16コア32スレッド
基本動作周波数3.5GHz
最大動作周波数4.7GHz
全コア同時最大周波数3.9GHz
発売日2019年12月
セキュアブート非対応
AMD Pro(AMD版vPro)非対応
同時マルチスレッディング有効
定格外オーバークロック対応
TDP(≒消費電力)105W
L1キャッシュ1MB
L2キャッシュ8MB
L3キャッシュ64MB
最大メモリサイズ128GB
メモリタイプDDR4-3200
メモリチャネル2
メモリ帯域幅47.68GB毎秒
コードネームMatisse
コンピュータの形態デスクトップ
グラフィクス(iGPU)非搭載
iGPU最大画面数0
iGPU最大ビデオメモリ0GB
iGPU基本周波数0Hz
iGPU最大周波数0Hz
iGPU CU数0基
iGPU単精度コア数0個
iGPU単精度性能0 FLOPS
ソケットSocket AM4
アーキテクチャZen 2
プロセスルールTSMC7nm
SIMD拡張命令Intel AVX2, SSE
SIMD演算器256bit FMA×2
SIMD倍精度演算性能16 FLOPs/cycle
AI(深層学習)拡張命令非搭載

AMD Ryzen 9 3950Xの詳細なカタログスペックは上の表の通りです。このスペック表で注目すべきところは以下の3点です。

全コア同時だと4.0GHzまで最大動作クロック周波数が落ちる

Ryzen 9 3950Xは単コアなら最大で4.7GHzまで動作クロックが上がりますが、全コア同時だと4.0GHzまでしか上昇しません。ベースクロックが3.5GHzしかないだけでなく、そこからたった0.5GHzしか上昇しないことになります。

下位モデルのRyzen 9 3900X, Ryzen 7 3800X, Ryzen 5 3600Xはいずれも全コア同時で4.2GHzまで最大クロックが上昇します。全コア同時の最大クロックが4.0GHzまでしか上昇しないのは、Ryzen 7 3800Xの完全劣化版としての位置づけのRyzen 7 3700Xと同じです。

本来なら第3世代Ryzenのフラッグシップモデルらしく、全コア同時の最大クロックも4.2GHzにして、下位モデルのRyzen 9 3900Xと遜色ない最大クロックにするのが普通です。

AMDも本当はそのようにしたかったのですが、全コア同時に4.2GHzを定格内(メーカー保証の範囲内)で提供することが技術的に実現困難であったため、仕方なく全コア同時最大クロックを4.0GHzと低くして出荷することにしたという経緯があります。

CPUは半導体製造の技術力が高ければ、動作クロックを上げても消費電力(単位時間あたりの発熱量)が増えずに冷却でき高い性能を実現できます。逆に半導体製造の技術力がAMDのように低いと、動作クロックを上げると消費電力と発熱量が増えてしまいトランジスタのスイッチング性能が落ちてしまいます。

そのためRyzen 9 3950Xでは発熱の増加による性能低下がボトルネックになり、全コア同時の最大クロックを4.0GHzに低く設定せざるを得なかったのです。

12コアのRyzen 9 3900Xでは全コア同時で4.2GHzを実現できているのだから、AMDの技術力に問題がなければ16コアでも4.2GHzを実現できたところですが、実際はAMDの技術力の身の丈にあった水準では12コアで4.2GHzが限界であり、それ以上コア数を増やすと全コア同時の最大クロックを引き下げざるを得なかったのが実情です。

つまりRyzen 9 3950Xは性能を犠牲にしててでもRyzen 9 3900Xのコア数を無理やり増やしたモデルであり、通常のアプリケーションではRyzen 9 3900XのほうがRyzen 9 3950Xよりも高性能になるという逆転現象が起こります。

内蔵グラフィックス非搭載なので別途グラフィックボードを用意しない限りディスプレイに何も映らない

これは第1世代Ryzenから続くRyzenの欠点です。Ryzenは内蔵グラフィックス非搭載のモデルが大多数であり、別途グラフィックボードを用意しないと何も画面に映りません。

AMD Ryzen Proという法人向けのRyzenであっても内蔵グラフィックス非搭載なので、これがAMD Ryzenが官公庁・企業といった顧客から全く見向きされない一つの要因となっています。

TPMチップ非対応なのでセキュアブート不可 Cドライブを暗号化できず

Windows10ではブートドライブ(Cドライブ)を暗号化することができます。ただし、TPMチップに対応しているプロセッサを使うことが必須要件です。

このRyzen 9 3950XはTPMチップ非対応です。Intel Coreプロセッサでいうところの「Intel TXT」に相当する機能が搭載されていないためです。TPMチップ対応の機能を搭載しているのは法人向けのRyzen Proシリーズしかありません。これは当然ながらその辺のPCショップでは出回っておらず個人消費者からの入手性が悪いものです。一方でIntel Coreの上位モデルは個人向けのプロセッサでも当たり前のようにTPMチップに対応しています。AMD RyzenではRyzen 9 3950Xほどの上位モデルでもTPMチップ非対応でありセキュアブート非対応です。その結果、ブートドライブであるCドライブを暗号化することができません。

Ryzen 9 3950Xと第8世代Intel Core(2017年度発売)プロセッサを比較

上述したように、Ryzen 9 3950Xよりも1年も前に発売された古い第9世代Intel Coreプロセッサ相手でもCore i3 9350KFにすら負けるほどのRyzen 9 3950Xの惨敗だったので、次はさらに古いIntel Coreプロセッサである第8世代Intel CoreプロセッサとRyzen 9 3950Xを比較してみます。

Ryzen 9 3950X vs. Core i5 8400

2017年発売の第8世代Ryzenの中で、Ryzen 9 3950Xが勝てるのはCore i5 8500以下のプロセッサです。ではCore i5 8500より下のプロセッサならRyzen 9 3950Xが余裕で勝てるのかと言うとそうでもありません。

このようにRyzen 9 3950Xはたった+3%しかCore i5 8400に対して勝てていません。第3世代AMD Ryzen 9 3950Xは第8世代Intel Core i5 8400に辛勝する性能水準で、16コアのRyzen 9 3950Xが6コアのCore i5 8400に対して+3%上回るだけの性能です。第3世代Ryzenで採用されているZen2マイクロアーキテクチャの1コアあたりの性能の悪さが、カタログスペックには出てこない実際の性能として明らかになっている一例です。

Ryzen 9 3950Xと第9世代Intel Core(2018年度発売)プロセッサを比較

Ryzen愛好家がまず比較したがるのは2018年発売の第9世代Intel Coreプロセッサです。

第3世代Ryzenは2019年7月に発売されたので、「2020年に発売された第10世代Intel Coreよりも2018年に発売された第9世代Intel Coreのほうが勝ちやすいだろう」という見込みから好んで第9世代Intel Coreと比較されています。

そこでまずは第9世代Intel CoreプロセッサシリーズとRyzen 9 3950Xを比較していきます。

具体的には2018年に発売されたCore i9 9900K, Core i7 9700K, Core i5 9600Kと比較し、さらに2019年に発売されたCore i5 9600, Core i3 9350KFとも比較していきます。

Ryzen 9 3950X vs. Core i9 9900K

Ryzen 9 3950Xは発売時期が遅れに遅れて2019年12月に発売されました。一方でCore i9 9900Kは2018年11月に発売されています。

つまり今回の比較は、1年以上も発売時期に差があるプロセッサ同士の比較です。

CPUに限らず半導体製品は1年の差が非常に大きい差になります。

そのためRyzen 9 3950Xと、それより1年以上も前に発売されたCore i9 9900Kとの比較では、明らかにRyzen 9 3950Xのほうが有利な条件です。

それでも実際の性能は以下のようになります。

このようにCore i9 9900KがRyzen9 3950Xを+11%も上回る結果となってしまっています。16コアのRyzen 9 3950Xが8コアのCore i9 9900Kに11%もの大差をつけられて敗北してしまっています。

16コアもあるRyzen 9 3950Xが、8コアしかないCore i9 9900Kに何故負けてしまうかというと、CPUの性能はコア数ではなく「マイクロアーキテクチャの良さ」「動作クロック周波数の高さ」「キャッシュレイテンシの低さ」といった要因で決まるからです。

これらの要因で優れているIntel Coreプロセッサは1コアあたりの性能が高くなります。例えるなら、劣っているコアが16個あるのと、優れているコアが8個あるもの同士での比較ということです。

さらにもう一つの要因として、コア数が16個あってもそれをすべて使い切れるわけではありません。例えばWordを一つ起動しても使われるコアは1つ程度。ゲームでも同時に16コアも使いきれません。16個もコアを使うソフトウェアというのは殆ど存在せず、一般の用途では16コアもある恩恵を受けられないということです。

そのため、現実に即した実際的なベンチマークでは1コアあたりの性能が高いIntel Coreが圧勝する結果となってしまいます。

例えるなら、無能な従業員が16人いるのと優秀な従業員が8人いるのと、どちらが業務を効率的に遂行できるかということです。頭数が多ければ多いほど仕事(タスク)が早く片付くわけではないということは、私が説明するまでもなく広く理解されていると思います。

Ryzen 9 3950X vs. Core i5 9600

Core i5 9600はCore i5 9600Kの動作クロックを引き下げたものです。その分だけTDP(単位時間あたりの発熱量≒消費電力)も下がっておりTDP65Wのプロセッサです。これとTDP105WのRyzen 9 3950Xを比較してみます。

低消費電力な6コアのCore i5 9600が、高消費電力な16コアのRyzen 9 3950Xに対して+5%も勝利しています。6コアでTDP65WのCore i5 9600相手でも5%の性能差でRyzen 9 3950Xが敗北です。

コア数を多くして潤沢にTDP105W級の消費電力を割り当てても1コアあたりの性能が伸びず、全体としてRyzen 9 3950Xが敗北しています。無能な従業員が16人いても、有能な従業員6名のほうが早く仕事を完了させるのと同じです。

Ryzen 9 3950X vs. Core i3 9350KF

CPUというのは必ず競合他社のカウンターパートを想定して設計され市場に投入されます。

例えば車であったら、BMW 3がメルセデスC-Classをカウンターパートとして想定しており、BMW 7はS-Classをカウンターパートとして想定しているのと同じです。

同様に、AMD Ryzen 9はIntel Core i9をカウンターパートに想定して設計され販売されています。

本来はRyzen 9 3950XとCore i9 9900Kを比較することになるわけですが、上述したようにお話にならないレベルの大差がついてしまったので、もう少しIntel Core側のグレードを下げることにします。

試しに、Intel Coreシリーズの中では低性能な部類に入るCore i3 9350KFとRyzen 9 3950Xを比較してみます。Core i3 9350KFはCore i3ながらもTDP91Wでベースクロックが4.0GHzもある強力なプロセッサです。

このように+1%だけCore i3 9350KFがRyzen 9 3950Xに勝利してしまいます。Ryzen 9 3950XはCore i9をカウンターパートに想定していたもののCore i3 9350KFにすら負けてしまう結果になりました。第3世代RyzenのフラッグシップモデルであるRyzen 9 3950XがCore i3にすら負けてしまったわけです。

まずCore i3 9350KFはたった4コアしかありません。それなのになぜ互角になったかと言えば、先程のCore i9 9900Kよりもベースクロックが0.4GHzも高いため、Core i3 9350KFの1コアあたりの性能が非常に高くなっているからです。

8コアのCore i9 9900Kと比べてCore i3 9350KFは4コアなので、さすがにコア数が半減しているハンデをベースクロック+0.4GHzでは埋めきれていませんが、それでも1コアあたりの性能の高さでRyzen 9 3950Xと互角の位置までの性能を叩き出しています。

このように、16コアと4コアとの対比でコア数に4倍もの違いがあるのに性能が同じになってしまうというのは、学術分野では当たり前のように研究課題として認識されているものです。

コア数を増やすことでコンピュータを高速化しようとする試みは以前から存在し古典的な分野です。

4コアだけなら、実行するソフトウェアに殆ど並列性が無くてもいいものの、16コアとなるとソフトウェアに十分な並列性が無いと多くのコアを活かしきれずに終わってしまうので性能が4倍にならない(スケールしない)のは、大学・大学院等の情報科学・情報工学におけるコンピュータアーキテクチャ分野では非常によく知られた問題です。

Ryzen 9 3950Xと第10世代Intel Core(2020年度発売)プロセッサを比較

Ryzen 9 3950Xは第3世代Ryzenプロセッサのフラッグシップモデルであるため、AMD愛好家からするとIntel Coreに負けることが許されない精神的支柱のようなCPUです。

そのためRyzen 9 3950Xが発売された時既に存在していた、発売日が古い第9世代Intel Core相手なら勝てるかもしれないとよく比較されていましたが、それでもRyzen 9 3950Xが勝てていない結果になったのは本記事で記載した通りです。さらに後に発売された第10世代Intel Coreだとさらに性能差が開いてしまうことが容易に想像できますが実際に比較していきます。

Ryzen 9 3950X vs. Core i9 10900K

デスクトップ向けの第10世代Intel Coreプロセッサの中でフラッグシップモデルのCore i9 10900Kと比較してみます。

+15%もCore i9 10900KがRyzen 9 3950Xに対して勝利しています。Core i9 9900K相手でもRyzen 9 3950Xは負けていたので当然の結果だと言えます。

Ryzen 9 3950X vs. Core i7 10700K

16コアのRyzen 9 3950Xと、8コアのCore i7 10700Kを比較してみます。コア数に2倍の差があるCPU同士で比較することになりますが、これでCore i7 10700Kが勝ってしまうと「コア数が多くても性能向上に直結しない」という一例になります。

Ryzen 9 3950Xの半分のコア数にもかかわらずCore i7 10700Kが+11%も勝利してしまいます。コア数を増やしてもCPUの性能は増えないというのは大学・大学院等のコンピュータ・サイエンス(情報科学・情報工学)分野では学術的に常識なのですが、PCショップでは「コア数が多い=高性能」と誤った表示がされていることが多いです。CPUではコア数を増やすことは技術的に簡単であり、1コアあたりの性能を高めるほうが技術的に困難です。その技術的困難から逃げたのがAMD Ryzenであり、その困難を避けずに1コアあたりの性能を高めているのがIntel Coreです。その方向性の違いがCPUの性能差にそのまま現れています。

Ryzen 9 3950Xは、Ryzen 7 3800Xよりも劣っているRyzen 7 3700X用のチップを2枚連結して実現されている

第3世代RyzenのZen2アーキテクチャで3950Xのような16コア製品を実現するところにAMDには困難がありました。

そのため本来2019年7月リリースだったものが大幅に伸びて2020年12月リリースになってしまった経緯があります。よってまずは先に12コアのRyzen 9 3900Xが投入されました。

実際、海外のAdoredTVといったフェイクニュースサイトから出てきた情報に「16コア32スレッドで5.1GHzを実現」といったものがあったので、大多数のAMDユーザーが16コア製品を心待ちにしていたというのが本当のところです。

8コア16スレッドの第3世代RyzenはRyzen 7 3800X(3.9GHz~4.5GHz、TDP105W)、Ryzen 7 3700X(3.6GHz~4.4GHz、TDP65W)の2機種が用意されています。

Ryzen 7 3700Xは、単にRyzen 7 3800Xの動作クロックを低くしたバージョンです。

半導体チップを作るとき、円形のウェーハから切り取ったダイには確率的に優劣が発生します。クロックを引き上げることのできる優秀なダイと、クロックを引き上げると動作しない瑕疵のあるダイです。中には全く動作しないダイもあります。

クロックを引き上げた場合に動作しないダイを捨ててしまうと、その捨てた分の製造原価を他の正常に動作するダイの製造原価に転嫁しなければならないため、製造原価が増加し価格の高騰を招きます。そのためクロックが上がらなかった瑕疵のあるダイでも、正常に動作する水準までクロックを引き下げて製品として販売します。それがRyzen 7 3700Xです。

Ryzen7 3700Xではクロックを引き下げているため、自然と消費電力も減るのでTDP65Wとなっています。

さて予定売価ですが、Ryzen 7 3800Xは399ドル、Ryzen 7 3700Xは329ドルです。

16コアのRyzenを用意するとしたら当然ながらクロックの高さも伴っていなければフラッグシップモデルになりえないので、Ryzen 7 3800Xの399ドルのチップを2つ連結することになります。そうなると16コアの第3世代Ryzenは800ドルにもなります。日本円で9万円(税抜)です。

そこで少し妥協して、安いRyzen 7 3700Xで採用されている動作クロックが低いダイを2つ連結して16コアを実現するとしましょう。それでも660ドルであり7万5千円に迫る価格になってしまいます。

結果的に予定価格は749ドルとなったので、Ryzen 7 3700Xで使われているチップよりはマシだけれどもRyzen 7 3800Xで使われているチップよりは劣る位置づけになります。

749ドルだと日本円に換算した上で消費税8~10%を上乗せすると8万~9万円といったところです。

実際2019年12月にRyzen 9 3950Xがリリースされた後の価格は完全にこの予測通りの結果となりました。

本来なら2019年7月にリリースがベストだったRyzen 9 3950X

2019年9月に16コアのRyzen 9 3950Xがリリースされると正式発表されました。この9月一杯という期限は四半期ごとに短期的成果を求められる米国企業のAMDからすると当然であり、経営者と株主の関係を知っている人からすると自然な期限設定でした。本来ならAMDはしっかり有言実行でこの2020年9月までのリリースを実現させ投資家向けの責任を果たすべきだったのですが、実際はこの先延ばしした2020年9月にも間に合わず、さらに2020年12月までリリースが遅れてしまいました。

Ryzen 9 3950Xは16コア32スレッドで3.5GHz~4.7GHzの動作クロックを有しており、第3世代Ryzenプロセッサの中ではフラッグシップモデルです。「一番高い最高峰のCPU」を求めているユーザからすると第3世代Ryzenでは16コア一択の人は多いです。AMDの業績を最大化するのなら2019年7月リリースがベストでした。時間の経過とともに陳腐化が著しいプロセッサの分野では、あえてリリースを遅延させることはAMDにとってメリットはありません。

発表を少し先送りしてサプライズ効果を得るのはメリットはありますが、リリースの意図的な先延ばしはメリットがないので当然ながら理由があります。それが8コアチップの歩留まりの悪さでした。数が少ない中で16コアを出荷するよりも、その2倍の数の8コアプロセッサを先行して出荷したほうがAMDの利益を最大化できるからです。

Ryzen 9 3950X発表の先送りはサプライズ効果があるが、リリース先送りはデメリット

12コアを先に発表して間を開けてから16コアを発表するのはマーケティング上サプライズとして非常に高い効果があります。16コアと同時に12コアも発表してしまうと12コアプロセッサの存在がかき消されてしまうからです。今回は12コアを先に発表し16コアの発表を見送っていたことで広報上の効果がありました。

しかしその場合でも他の12コア以下のRyzenと16コアRyzenを同時発売できるなら同時発売してしまったほうがAMDにとっては得です。同時発売できるのに引き伸ばすと以下のような好ましくない効果が発生してしまうからです。

12コアより16コアを選びたい人が12月まで買い控えてしまう効果

まず常に最高峰のものを選びたいユーザは一定数います。そういった人は16コアのリリースが確定するとその発売まで買い控える行動を取ります。そうなると本来2019年7月に立つ売上が2019年12月以降に立つことになってしまい、AMDの2019年度通年売上高のうち4~5ヶ月分が機会損失となって失われてしまいます。

レビューが出てから12コアか16コアか選びたい人が12月まで買い控えてしまう効果

そして16コアと12コアの製品どちらにしようか決めかねている人もいます。16コアと12コア以外にも、ベースクロックが高いRyzen 7 3800Xや、シングル性能を重視しているRyzen 5 3600X等様々な特性を持った第3世代Ryzenが同時に発表されているからです。

最初から16コアを買うと決めている人以外は、ベンチマークが出揃ってから比較して購入しようと考えています。もし2019年7月に16コアのRyzen 9 3950Xが発売されればその後1ヶ月もあれば十分ベンチマークが出揃うので、本来12コアを選ぼうとしていた人でも16コアとベンチマークを比較し速やかに購買行動を起こしてくれるはずです。

しかし16コアが2019年9月以降になってしまうと16コアと12コアとのベンチマーク比較が出揃うのが12月以降になってしまい、本来12コアを選ぼうとしていた人でも「とりあえず待ち」という行動をとってしまう場合があります。これもAMDからすると2019年度の通年売上高のうち4~5ヶ月分が機会損失として消えてしまいます。

四半期開示のため2019年7月~9月期に発売開始が必須だったものの、あまりにも歩留まりが悪く10月~12月まで再延期

2019年9月に16コアのRyzen 9 3950Xのリリースが正式発表された際、自作PCユーザの間では「意外と早くて驚いた」という言及が非常に多かったですが、これは株主と経営者の関係をよく知っている人からすると9月に間に合わせたいAMDの考えは自然で当然といった感想です。

「2019年の第3四半期にSocket AM4の第3世代Ryzenをリリースする」とAMDが投資家(株主)向けに言い切ってしまっていたので、先延ばしするとしても9月一杯が期限でした。米国では3ヶ月ごとに期限を切って業績を判断する短期的利益の追求をするからです。

2019年10月には「2019年7月~9月期」の決算説明をするわけですが、もし16コアのRyzen 9 3950X発売が10月~12月の第4四半期に持ち越しになってしまうとリリースが遅れた理由を株主に説明しなければなりません。一方で7月のリリースを9月に伸ばしただけなら「7月~9月の第3四半期」といった約束は守っているので追求されません。

実際にAMDは9月まで遅れた理由を公式には発表しておらず、「歩留まりの悪さが原因らしい」と関係者筋の話として出回っているだけです。顧客にはそのような濁した説明で許されます。

しかし、株主へは言葉を濁さずその場で明確に説明責任を果たさなければなりません。AMDにとって都合の悪い歩留まりの問題に言及しなければならなくなります。そして投資家向けの説明といってもクローズドではなくBloombergやReutersといったメディアも入っており、そういった都合の悪い発言をすると当然その発言はニュースとして出回ってしまうので、それを避けるためにも9月厳守はAMDにとしては実現したいところでした。

でもその9月厳守すらAMDは守ることができず、第4四半期の10月に先延ばしになりました。第4四半期は10~12月の3ヶ月間ありますが、その中でも最も遅い12月ギリギリにリリースしたあたり、本当に歩留まりが悪く良品を確保できなかった不都合な事実が見て取れます。

16コアの第3世代Ryzen 9 3950Xは歩留まりの悪さから採算が取れないため半年もリリース先送り

以上、16コアのRyzen 9 3950Xのリリースが遅れた理由と、その原因はAMDも予想していなかったほどの歩留まりの悪さにあり、その結果16コアの第3世代Ryzenの価格が必要以上に高騰した経緯について見てきましたが、どちらにしてもAMD Ryzenがターゲットにしている購入層には高すぎます。AMDのプロセッサというのはIntelプロセッサだと高くて買えない人が選択にするものなので、Intelより高くなってしまうとAMDの商売上は失敗です。

実際にAMD愛好家に特徴的な購買行動として、すぐに第3世代Ryzenを試したいもののRyzen 9 3950Xが欲しいがためにRyzen 9 3900Xの購入を見送って来たユーザは、Ryzen 9 3950Xの発売延期で結局何も買えずにさらに購入を先送りしています。十分に資金があれば繋ぎとしてとりあえずRyzen 9 3900Xを購入して使用し、Ryzen 9 3950Xが発売されたらそれも購入して乗り換えればいいだけです。何か応用分野(ニーズ)があってCPUを購入する人はパソコン本体を含めてCPUは単なる手段なわけですから、計算資源が必要となった時点で市場に存在するCPUを購入して、何らかの応用分野の実現の手段としてCPUを使用します。つまりRyzen 9 3950Xの発売日が後になるにつれて購入を先送りするのは本末転倒であり、RyzenユーザはCPUを何らかの応用分野(例えば深層学習や金融工学)の計算実行に用いる目的を持っておらず、CPUそれ自体が目的となっていることを表しています。それなりの大学大学院等で高等教育を受けてきた人なら専攻していた各応用分野を持っているので発売日に関係なくさっさとCPUを購入してその応用(目的)のために役立てています。一方で、ベンチマークを回したらそれで終わりの「応用分野不在」はまともな高等教育(大学・大学院教育)を受けていない層にありがちで(確率解析・統計学等の数学が苦手な層に多い)、こういった層だとCPUそれ自体が目的化しており「ベンチマーク以外の使い道がなくCPUそれ自体が目的だからRyzen 9 3900Xを買っても全く意味がない」となってしまっています。既に大量に出回っているRyzen 9 3900Xを購入せずにRyzen 9 3950Xをひたすら待っているRyzenユーザが多いのはこういった背景があります。

この歩留まりの悪化による実現可能性(feasibility)の低さとコストの高さはNVIDIAのTuring世代でTSMC7nmプロセス採用が見送られたことからもあらかじめ予見できていたことです。NVIDIA社CEOのJensen Huangは著名な人物ですが、彼が「AMDは7nmプロセスのGPUをリリースしてるのにNVIDIAはなぜ12nmのままなのか?」と質問されたところ「7nmプロセスを採用するとTSMCに非常に高いコストを支払わなければならない。我が社の技術力は高いので12nmプロセスで十分」と回答しています。

もう少し時間が経過して7nmプロセスの製造コストが下がるのを待つ必要があるとしたのがNVIDIAの判断で、第3世代Ryzen16コアも同じコストの問題です。

ただし、これらは「商売上」の理由です。現に小さい面積のダイで実際に動作する8コアを実現できており、それを2つ搭載して連結するだけなので消費電力やコスト度外視なら余裕で16コアのRyzen 9 3950Xを実現できてしまいます。

あとは採算が取れるかどうかの製造原価(歩留まり)と利益率の問題といった業績面の問題になります。Intelは4半期(3ヶ月)で40億ドルの純利益でしたがAMDは1600万ドルだったので、この純利益の低さを歩留まりの悪いCPUでカバーできるかどうかといったところです。

Ryzen 9 3900Xは6コアのRyzen 5 3600X用チップがベースとなっています。6コアチップは2コア分を無効化してあるため歩留まりが良いです。そのため早期の2019年7月にリリースできました。しかし16コアのRyzen 9 3950Xのベースとなっているのは8コアのチップであり、ただでさえ歩留まりが悪い8コアチップを2つも搭載しなければならないのでリリース先送りになりました。それなら先に歩留まりの良い6コア×2の12コアRyzen 9 3900Xを先行リリースするという運びになりました。

AMDは「第3世代Ryzenを2019年第3四半期までに投入する」と投資家(株主)に言い切ってしまっていたので、発売の遅延が許されても第3四半期末の9月一杯が限度でした。よってRyzen 9 3950Xは2019年9月発売となっていましたが、さらに発売が12月まで延期されてしまい有言実行できないほど歩留まりの悪さが深刻化していることが露呈してしまいました。

これは適切な判断です。歩留まりが改善し製造コストが下がる前の段階で16コアRyzenを12コアRyzenと同時にリリースしていたら、16コアを切望していたAMDユーザーのメンツは守られても企業としてのAMDは損失を被っていました。

このように第3世代Ryzen 9 3900Xを12コアにとどめたのも、高価なIntel Coreよりも安くし、「Intelより安いならAMDを買う」といった層に訴求するためです。

その上、Intelより安いのにコア数が多いAMD Ryzenは「コア数が2倍3倍になれば性能も2倍3倍」と単純に捉えてくれる層と親和的でアピールしやすいです。

お金の問題以外だとAMD Ryzenを強くおすすめできるのは「少数派」を好む人です。個人向けのゲーム用途でも2017年のRyzen発売以来からなぜかシェアが上がらず、未だにAMDシェアは20%程度である一方Intelのシェアは80%あります。大企業向けだとさらに差が広がってしまいAMDの採用比率はほぼゼロになってしまいます。NTT持株とKDDIのようにどの業界にも1位と2位がありますが2位を好む人にもAMD Ryzenをおすすめできます。

「実績があるけれども高価でお金がある人向けのIntel Core」、
「実績がないけれども安くお金が無い層向けのAMD Ryzen」といった従来からのIntelとAMDの構図は今回も当てはまることになってしまいました。